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金沢地方裁判所 昭和53年(ヨ)285号 判決

申請人

高田昭

右訴訟代理人

神保泰一

外三名

被申請人

学校法人金沢医科大学

右代表者理事長

神保龍二

右訴訟代理人

松井順孝

外六名

主文

一  申請人が被申請人大学学長及び被申請人大学医学部長事務取扱の地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は、申請人が被申請人大学学長及び被申請人大学医学部長事務取扱として職務を行なうことを妨害してはならない。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を申請人の負担とし、その余は被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請の理由1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二理事会招集手続の適否

被申請人大学においては、学長等を解任するには理事会の決議を要すること、及び理事会を招集するには、各理事に対して会議開催の場所及び日時並びに会議に付議すべき事項を書面により、緊急を要する場合を除き、会議の七日前までに発して通知しなけばならないことは被申請人において明らかに争わない。

申請人は、申請人の学長等の地位を解任する決議がなされた昭和五三年一一月一〇日の理事会の招集手続には重大な瑕疵がある旨主張するので、まずこの点について判断する。

申請の理由4(一)の事実中、学長等の地位を解任するにあたつては理事会の議決を経ることを要すること、被申請人の寄付行為の内容については、被申請人において明らかに争わない。

被申請人大学の学長等の解任につき、理事会の決議を必要とするのは、理事会を構成する理事らに、解任の可否について十分審議を尽させ、これによつて解任に関する被申請人の意思表示の内容を適正妥当にさせることがその目的であり、大学の社会的、公共的存在意義からいつて、それは公益上の要請でもあるということができる。

そして、招集手続に関する、付議事項の明示、開催まで七日間の余裕の設定は、右目的を達するための手段であるから、この点の瑕疵が、理事会の十分な審議と決議に支障を及ぼすような性質のものであるときは、その決議に基づく解任の意思表示は効力がないと解するのが相当であり、反面、その瑕疵が、右のようなものでない限りは、その意思表示の効力を否定するのは相当でないこととなる。

〈証拠〉によると、次の事実が一応認められる。

すなわち、昭和五三年一一月一〇日の被申請人の緊急理事会に先立ち、すでに同年七月一日開催の緊急理事会において、申請人を学長等の地位から解任することが討議されており、さらに同年八月二五日の緊急理事会においても、同様の点が審議され、同年九月二日の理事会では、申請人を除く出席理事間で、学長等解任についてほぼ意見の一致をみたが、正式の決議はなされなかつた。

昭和五三年一一月一〇日の緊急理事会は、かねて、同年一一月二日に開催予定であつたことから、同年一〇月末頃、各理事に対し、書面で「学長問題について」という事項を含む付議事項が通知されていたが、右理事会が延期されたのち、同年一一月九日、さきに同年春留年となつたことを理由に被申請人に対し損害賠償請求訴訟を提起し、一旦取下げていた学生と父兄の代理人から、その後の理事会の処置が納得できないため、明後一一日に再び出訴する旨の通告があつた。

被申請人の理事長は、同日、さきに延期していた緊急理事会を、急きよ翌一一月一〇日に開催することとし、一一月九日中に各理事に対し、口頭、電話又は電報でその日時場所を通知した。これに応じて、一一名の理事中、申請人を含む九名が出席し、このうち申請人を除く八名が解任に賛成した。理事中二名は欠席し、そのうち東京在住の一名は、開会直前に、銀行のテレフアツクスにより、解任についての反対意見及び日時の余裕のない招集であるため出席できない旨を佐野理事に伝えたが、委任状の提出がないため、理事会席上の意見としては取扱われなかつた。

又、同年一二月二三日、すでに理事でないものとされた申請人と、前回反対意見であつた右一名とを除く九名が出席して開催された定例の理事会においては、右解任決議が全員により異議なく再確認された。

右事実によつてみると、昭和五三年一一月一〇日の緊急理事会は、学生及び父兄の緊急な出訴予告によつて招集されたものではあるが、当時右予告により、学長解任を含む議題をもつてその出訴以前に理事会を招集しなければならない緊急の必要性があつたとは解せられないのであり、口頭、電話、電報をもつて会日の前日になされた招集通知は、寄付行為第一二条に違反するものといわざるをえない。

しかし、前示のとおりの経過により、従来理事会において学長等解任問題の審議が行なわれ、多数の理事はすでに解任の意見を固めていたとみられること、一一月一〇日当日の出席数、賛成理事の数が圧倒的多数であること、欠席者中一名は、のちに定例理事会で解任賛成の意見を明らかにしていることからすると、一一月一〇日の緊急理事会においては、招集手続に瑕疵があつたものの、このため学長等解任につき十分な審議ないし決議が妨げられるような情況にはなかつたと認めるのが相当であり、右招集手続の瑕疵は、結局本件解任の意思表示を無効ならしめるものではない。

三教授会及び評議員会の審議等を経ることの要否

1  私立大学学長等の解任に関しては私立学校法には何ら規定がないが、これは、同法一条の趣旨に照らすと、私立大学にあつてはそれぞれの建学の精神を尊重し、それに沿つた学校運営に必要な事項は、各大学の自主的決定に委ねたことの結果であると解される。

したがつて、私立大学学長等の解任手続についても、各私立大学においてその内規等により自主的に定めるべきものであり、このような定がない場合には教特法の規定は当然には準用されず(同法二条)、内規等により学長等の解任手続は教特法の規定による旨を定めた場合に初めて同法が準用されるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、被申請人大学の就業規則においては、「教育系職員」の懲戒については教特法を準用する旨定められていること、及び教育職員の任用内規においては「教育職員」には学長も含まれる旨定められていることが一応認められるが、このことをもつて、被申請人大学においては学長等の解任手続は教特法を準用する旨を定めてあると解することはできない。

なぜならば、前示証拠によれば、「教育系職員」と「教育職員」の各定義の内容には差異があることが認められ、就業規則二条一項、二二条二項等の趣旨からすれば「教育系職員」には学長は含まれないと解され、また、前示疎甲第六〇号証によれば就業規則において教特法が準用されるのは懲戒に関してであり、解任に関しては同法が準用される旨の定はないことが認められるからである。

そして、その他本件全証拠によつても、被申請人大学における学長等の解任については教特法を準用する旨定めた内規等の存在は疎明されないので、教特法所定の手続を経ていない違法があるとの申請人の主張は理由がない。

2  学校教育法五九条一項には、大学には重要な事項を審議するため教授会を置かなければならない旨定められており、また、〈証拠〉によれば、被申請人大学の教授会規程において、教授会の審議事項として、その第三条に、主として、講座の設置、学部規則、教育課程、入学、進学、学生の試験、指導賞罰、人事、予算に関する事項、その他教育、研究および運営に関する重要な事項が掲げられていることが一応認められる。

これらの規定からみると、まず学校教育法五九条一項の規定自体からは、学長等の解任が教授会の審議事項であるかどうか判明しないといわざるをえず、その重要事項が何であるかは、当該大学の内規が定めるところに従うほかはない。そして、被申請人大学の右教授会規程も、学長等の解任について直接触れるところがない。もつとも、前示第三条には、「その他教育、研究および運営に関する重要な事項」という文言が存するけれども、右は第三条の他の項に列記された前示他の事項に類する、その他の重要事項を指すにすぎず、学長等の選任、解任を含む趣旨ではないと解するのが最も自然である。

そして、前示のような学長選任に関して、昭和五二年に教授会の学長候補者決定、推せん権限を定めた学長選考規程が新設されたことも、教授会規程上は教授会に学長選任に関する審議権が存しないと考えられていたことを示すものといわなければならない。

右のように解することは、私立大学の正常な運営に関する教授会の重要性を否定するものではなく、又、被申請人大学の後示入試、進級制度改革についての教授会の活動を軽視するものでもない。しかし、解任につき教授会の審議を経ることが望ましいということと、その審議が解任の意思表示の有効要件であることとは自から別個であり、後者が肯定されるには法律又は内規上、その点を推認するに足る規定の根拠を要すると解されるところ、これを見出すことはできない。

以上の点は、申請人が前示学長選考規程により選出、任命された学長であることから異別に解する理由はない。

そうすると、教授会の審議を経ていないため本件解任の意思表示が無効であるという申請人の主張は理由がない。

3  私立学校法三八条及び〈証拠〉によると、被申請人大学の学長は法律及び寄付行為の定めによりその資格において理事となり、学長の地位を失なうと当然理事の地位をも失なうこととなるのであつて、学長を解任するにあたつて理事の解任手続をとることをその要件とするということはできない。

そうすると、理事解任に必要な被申請人大学評議員会の議決を経ていないため本件意思表示が無効であるとする申請人の主張も又理由がない。

四解任事由の要否

被申請人は、学長等の法的地位は委任関係もしくはこれに準じたものであるから、その解任についても委任関係の解消の場合に準じて考えるべきであり、当事者のいずれか一方の意思表示により直ちに委任関係は終了する旨主張する。

大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的(学校教育法五二条)として設置された公共性のある存在であり、学長は、大学の校務を掌り、学問の研究、学生の教育等に従事する教授ら所属職員を統督する重要な地位を有するものである。このような学長の地位は、大学における学問の自由、教育の自主性を確保するため、十分尊重されるべき必要がある。

私立大学が学長を任命した場合には、大学と学長間においては、右のような学長職務の委託がなされたことになるが、この委託関係は、法律上、準委任の一種であると解される。しかし、右のような大学の公共的性質、学長の地位など、その委任の目的、委任事務の性質、内容等に照らすと、任期満了前において大学が右委任を解約し、学長の地位を解任するためには、学長に学長としての適格性を欠く事実がある等、大学が学長に対する信頼関係を失なうについて客観的に正当な事由と認めるべきものがあることを要するものと解するのが相当である。

五学長解任事由の存否

1  被申請人の主張5の(一)(1)について、〈証拠〉を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一)  被申請人大学は、昭和四七年四月設立されたが、設立直後の財政上の必要もあつて、昭和五二年度以前には、入学者を選考するにあたつて必ずしも入試成績によることなく入学希望者から入学協力金として、二ないし三〇〇〇万円の金員を納付すれば学力の劣る者であつても入学を認めており、理事会の意向で進級判定基準も著しくゆるやかであつたため、一般に学生の学力が低く、昭和五二年度の第二学年は特に学力が劣ると学内で評価されていた。

(二)  被申請人大学の教授会においては、この現状に批判的であり、当面進級基準を正常化する目的で、昭和五二年度の第二学年の学生に対し、各学期の初めに学年主任を通じて、或は掲示により、今後は進級基準が厳しくなるので勉学に励むようにという旨を再三再四にわたり伝え、また父兄に対しても、各学期の成績を通知する際に右趣旨を伝えるなどして学生の勉学意欲を喚起する一方、専門課程の教員による特別の授業を行つたりして、学生の学力の向上を図るべく努力していた。

(三)  昭和五二年八月頃、新聞等により、被申請人大学の入試が不公正であるとの報道がなされて、この問題が社会の注目を浴び、これを契機として、学内においても、従来の理事会中心の学校運営を改善し、教学の独自性をも尊重した正常化をはがるべきだとする動きが生じた。

まず、教授会は、同五二年九月以降、入試、進学制度の改革、学長、学部長の選挙制の確立を意図し、教授会を開いて理事会に働きかけ、学生も又、同年一〇月以降、理事会の説明を求めて受講拒否等を行ない、学内は騒然となつた。

一方、理事会は、問題となつた入学前の寄付を廃止し、学生募集要項に一定金額を明示することなどを決め、同年九月から一〇月にかけて、当時の学長を含む大部分の理事が辞任交代した。

この頃、申請人大学から文部省に対し事情を説明した際に、従来の進級基準が不明確であるのでこれを明確にするようにとの指摘を受け、教授会で審議した結果、同年一一月二四日、昭和五二年度進級判定基準を定めたが、その内容は、(1)各学年中の授業科目のすべてに合格した者に進級を認め、(2)従来不合格科目を持つて進級している者は、その科目全部に合格しなければ進級を認めないことを骨子とするものであり、他の大学と比較して特に厳しいものではなかつた。

(四)  同じ頃、文部省の指導もあつて、「昭和五二年一二月二日施行の入学試験に関する内規」が作られ、入試の合否判定委員会から理事が排除されて、委員は学長と教授のみとなり、一方、同五二年一二月二八日施行の金沢医科大学長選考規程が制定され、教授会は、学長、専任教授、同助教授、同講師の選挙により選出された者を学長候補者として理事会に推せんする制度が採用された。

そして、同五三年一月二三日、申請人は右規程による初の学長候補者となり、争いない事実のとおり同年二月一日学長に任命されたものである。

(五)  被申請人大学における進級の判定方法は、従来から、成績審査会が進級の可否に関する審査を行ない、教授会はその結果を検討し学長に報告する。学長は教授会の報告に基づき進級の可否を判定することとなつていた。

(六)  教授会は、前示判定基準を定めた結果、第一、二学期の成績からすると多数の学生が留年することが予想されたため、昭和五三年二月ころ留年対策委員会を発足させ、補習授業を行つた上、昭和五二年度の学年末成績が判明した段階で成績の不良な学生には再試験の機会を与えたが、それでもなお、判定基準をそのまま適用すれば多数の留年者がでることとなつたので、申請人は教授会に対し、一科目だけ不足して留年する者に対しては再度試験をして見直したらどうかとの提案をしたが拒否された。

(七)  その結果、昭和五三年二月、申請人が教授会の報告に基づき進級の可否を判定したところ、総数三一四名、とりわけ第二学年においては一七二名中一〇〇名の学生が留年することとなつた。

(八)  その後、右判定の結果留年することとなつた学生のうちの一部の者及びその父兄から、申請人や理事会に対し、公開質問状が寄せられたり、学長の辞任を要求されたりするようになつた。

被申請人の理事会は、前示諸制度の改革については、社会的な反響や文部省の指導もあり、これを甘受する態度であつたが、その結果である理事ないし理事会権限の後退、学校経営資金面の困難化が見込まれた点については不満であつたことは推測に難くなく、大量留年の現実化及びその学生父兄らの善処要請があつたのをきつかけに、同五二年七月頃から学長兼医学部長事務取扱である申請人に対し、この事態の責任をとつて辞任するよう求めるに至つた。

右辞任要求は、すでに同年七月一日の緊急理事会においてなされたが、更に、昭和五三年八月二一日、一名の留年学生及びその父兄から被申請人に対し、違法に進級を拒否されたとして損害賠償を求める訴が提起され、右訴は一旦取下げられたものの、前示のとおり同年一一月九日に至り再度訴を提起する旨の通告があつたので、被申請人においては同月一〇日緊急理事会を開催し、申請人の解任を決議した。

2  同じく5の(一)(2)について、申請人が多数の学生が留年することになつたことを理事会に報告しなかつたことは、申請人において明らかに争わない。

3(一)  被申請人の主張5の(二)(1)の事実については、〈証拠〉によつても疎明されず、他にこれを疎明するに足りる証拠はない。

(二)  同(2)の事実に関しては、〈証拠〉によれば、申請人が学長選挙に当選した後福井銀行の頭取に招かれて同人と面談した際に、申請人が、「ある大学が銀行管理で大変うまくいつていると聞いているがうちの学校ではそういうことはどうか」という趣旨の発言をしたことが一応認められる。

(三)  同(3)の事実については、〈証拠〉によれば申請人が被申請人の主張するような発言をした旨の記載がなされていることは認められるが、右書証の作成者は前示損害賠償請求事件の原告であることからすると、にわかに採用できず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

(四)  同(4)の事実中、申請人が被申請人主張の電話をしたことは当事者間に争いがない。

(五)  同(5)の事実のうち、申請人が被申請人の主張する委員会に欠席したことは当事者間に争いがないが、これが「作為的に不都合な理由を作り上げて故意」になされたものであることを認めるに足りる疎明はない。

4  以上の事実によれば、まず、被申請人大学において多数の学生が留年することとなつたこと、及びこのことに関して訴を提起されたことについては、このような事態が生じたことは決して好ましいことではないことが明らかであり、これが大学の財政に少なからず影響するとしても、そもそもこれについては前示五1(一)の事実がその原因となつていると考えられること、教授会が新たな進級判定基準を適用するについては、学生に対し事前に十分警告を与え、補習授業を行うなどして学力を向上させるべく努力し、年度末において再試験の機会を与えており、進級判定基準も格別厳しいものではないことからすれは、年度の途中において定めた右進級判定基準を年度の当初から遡及して適用したことは何ら不当とは言えず、進級の可否は実質上は教授会において判定されたものであること等の事情からすれば、前示のような事態が発生したことについて、申請人に職務を怠つた点があつたとか、独断で事を処理したことによるものということはできない。

さらに、申請人が大量留年について理事会に報告しなかつたことについては、進級問題は本来教学の専門的事項であり、その決定については理事会の意思如何を問わない性質のものであることからすると、右報告を怠つたからといつて、直ちに学長としての不適格を示す事由にあたるというべきものではない。

また、申請人が、入試合格発表前に受験者に対し合格の旨を電話した点については、〈証拠〉によると、申請人は、その主張するような理由があつて右電話をしたことが一応認められるから、これが申請人の独断専行の行為にあたるということはできない。

その他、福井銀行における発言等被申請人主張の点は、それ自体軽微な事項であるばかりでなく、これらを前示の各事実とあわせて考慮しても、結局申請人に学長としての適格性を欠く事実その他大学が学長に対する信頼関係を失なうについて客観的に正当な事由というべきものがあることは疎明されない。

被申請人は、学長の地位と共に申請人の医学部長事務取扱の地位をも解任する意思表示をしたものであるが、弁論の全趣旨によると、後者の解任は、前者の解任に付随してなされたものとみることができ、その効力は、前者の解任と帰すうを共にするものと解するのを相当とする。

以上によると、申請人は現に学長等の地位を保有していることが一応認められる。

六保全の必要性

1  申請人は、本件意思表示の効力の発生の停止を求めているが、これは、結局本件意思表示の無効を前提として、申請人の学長等としての地位を仮に定めることを求める趣旨と解される。

仮の地位を定める仮処分は、権利関係が確定しないために生ずる債権者の著しい損害を避けるために、暫定的な地位を形成することを目的とするものであるが、仮処分制度が本来私権の保護のためのものであることからすると、右にいう著しい損害は、債権者自身の受ける損害を意味し、申請人の主張する教学上の支障、学内の混乱ないし大学の社会的使命の阻害というような、第三者の利益ないし公共の利益に対する侵害によつて生ずる公益的損害は、仮の地位を定める仮処分の必要性を基礎づける事情にはあたらないと解される。

しかし、学長の地位は、前示のとおり、大学における学問の自由、教育の自主性を確保する重要な職務を内容とするものであり、学長の地位にあるものは、その地位を保有し、職務を行なうことを通じて、教育者である自己の教学に関する理念を実現することについての利益を有するものということができる。

右のような学長としての利益に加え、その地位に対する社会的評価、あるいは申請人が前示のような経過により社会的な注目の中で行なわれた入試、進級制度の改革ののち、学長選考制度の採用によつて、学内の期待を受けつつ最初に立候補就任した者であることを考慮すれば、申請人としては、解任により学長等の地位を失なわしめられることによつて、前示利益のほか、その名誉、信用について著しい損害を受けていることが認められる。

また、学長の任期が三年に限られ、それが経過すれば、ついにその職務を行なうことができなくなるおそれがあることからすれば、右については、急迫した事情があるということができる。

2  さらに〈証拠〉によれば、被申請人大学においては、申請人の解任後、学長事務取扱、医学部長代行がすでに選任されていることが一応認められることからすると、申請人において学長等の職務を行なおうとするときは、被申請人が事実上その妨げとなる行為をすることがありうるものと一応認められる。

3  以上の事情からすると、本件仮処分申請のうち、学長等の仮の地位を定めること及び職務執行の妨害禁止を求める申請については、仮処分の必要性があるというべきである。

4  以上の点につき、前示証拠によれば、前示のとおり学長事務取扱等が選任されたことのほか、被申請人大学においては、申請人の解任後も、昭和五四年の入試、進級、卒業の事務や授業、研究計画等の教学に関する事項も一応支障なく行なわれ、教授会も開催されるに至つていること、また、申請人が仮の地位を定められると、被申請人大学の事務に一時的な混乱を生じないとはいえないことが一応認められるが、これらの点は、前示の仮処分の必要性を否定する理由とはならない。

5  次に、本件仮処分申請中、金員仮払を求める部分についてみると、〈証拠〉によれば、被申請人は、本件意思表示前は申請人に対し学長職の給与である本俸月額四三万四、〇〇〇円を支給していたが、右意思表示後は教授職として教育職一等級一六号俸の本俸月額三一万九、五〇〇円と扶養手当等を支給することとし、申請人が学長職の給与でないとしてその受領を拒否したので、昭和五三年一一月三〇日、三四万八、五〇〇円を供託し、その後も同様の措置をしていることが一応認められる。

したがつて、申請人としては、学長等解任後も、教授として職務に従事し、右月額の収入を得ることはできるものであり、これを越えて、学長職の給与を得なければ生活上著しい支障が生じることをうかがうに足る疎明は存しない。

七結論

そうすると、本件仮処分申請は、学長等の地位を仮に定めることを求める申請及び学長等としての職務執行の妨害禁止を求める申請について理由があり、その疎明の程度及び被申請人に生ずることのあるべき損害の性質からみて、保証を立てさせずしてこれを認容すべきであり、その余の申請は理由がないからこれを却下すべきである。

よつて、民事訴訟法九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(加藤光康 佐藤久夫 山嵜和信)

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